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(『学芸志林』14)明治17年
一国民の言語は、其国人種の由来せし所を推し知るに足れり。世界の諸国には、古今純粋一種なる国民もあり、混交雑種に成れる国民もあり、英吉利国の如きは、土人のブリトン種の外に、サクソン、ノルマンデー、デンマーク、ノルウェー等の人民侵入して人種混淆し、随て言語も亦駁雑を極むること、凡そ各国の中にて最も甚しきものなるべし。これに反して、我が日本国の如きは、古より、他国の奪略侵入を受けしこと無く、此国民は開闢より今に綿々繁殖せしものにして、言語も亦、古今に通じて、此民に固有せる純粋のものを用ゐるなり。但し中世には支那人朝鮮人の帰化せしもの者も多く、又関東奥羽には、蝦夷の良民に化せしものもありて、是等は、他人種の加はりしものなれども、其数を本土人の多数に比ぶるときは、幾許にもあらず。且、其後胤は、婚姻に因て、子に至り孫に至れば、忽ち本土の人種言語に混化せられ、自国の語は、全く失へりと見ゆ。又日本古今の語を、率爾に考ふるときは、大に異なる所あるが如しといへども、其語脈系統に至りては、皆其由縁ありて、同言語の歳月の変遷に遇ひて変化せるまでなり。故に日本の言語は、古今純粋一種なるものといふべし。
然れども今日普通に用ゐる言語の中に、外来の語を交ふること、亦少きにあらず。されど、其語は皆必ず名詞なり。凡そ、事物の名称に至ては、其事物の、始めて外国より入るときに、これに随ひて入るは理の然る所なり。【但し、僅に副詞に用ゐる一語あり、本篇タントの条を見よ】、而して、其外来の語の、現に日常に用ゐらるゝものも多く、或は慣用久しくして、終に国語の如く覚えて、知らざるものも多きが故に、其語原を失はんことを恐れて、遍く外来せる語を集めて、後人の用を俟たんとす。尚、増訂追補する所あらば、これを続集に載すべし。
外来の語は、唐音の支那語、琉球語、蝦夷語、朝鮮語、梵語、南蛮語、羅甸語、葡萄牙、斯班牙、和蘭、英吉利、仏蘭西語等なり。
唐音の支那語と云ふは、宋、元、明の頃帰化せし僧侶、或は明、清以来の商人、長崎、堺、博多等に至りし者の伝へしものにて、是れ、其国音のまゝにいふものなれば挙げたり。其外、漢語の常の字音に呼ぶものは、固より枚挙すべからずして、其多きこと、殆ど日常言語の半に至るべし。是等今に至ては、日本語と見做すも可なるものなれば録せず。
琉球は人種言語共に此国より支れしものにて、外国にはあらざれども、稍異なる所あれば記せり。蝦夷は琉球と同じく、我が版図内の人なれども、人種言語、全く異なれば出す。又朝鮮語は、中世帰化の人の遺したるものなるべし。而して此三種の語、甚だ多からず。
梵語は、即ち、古の天竺語なり。是等は皆、仏経の上より伝へしものなり。然して、今、都鄙日常に用ゐるもの頗る多し。中世、仏教の盛に行はれし流風なり、
西洋諸国の語は、往時来りし葡萄牙人、斯班牙人、英吉利人、仏蘭西人等より伝へしものにて是等の国人、皆、瓜哇、呂宋等を歴て渡来し、我が国より南方なれば、其頃、すべてこれを南蛮と泛称せり。此各国の語原の分明なるものは、各々これを分つ。其中に、葡萄牙語、斯班牙語、甚だ多くして、羅甸語もあり。其の何国の語なりとも知りがたく、又、印度諸島辺の土語なるべきもの等を、此には合せて南蛮語とせり。和蘭人は、数百年間、絶えず長崎に渡来し、後には蘭学も開けたることなれば、其語を伝へしこと、最も多し 又西洋語なるべく覚えて、何国とも知りかたきは、洋語と標したるもあり、而して、嘉永以後、新入したる西洋語は、語原の不審かしきものゝみを挙げて、其知り易きは記さず。
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コメント(0)| Track back(0) | 2005-03-01 01:23:50
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